2023年4月、私たち夫婦は世界一周という冒険に出発しました。379日間、48カ国を巡り、地球を一周して帰国。ようやく日本の地に足をつけました。
「これ、本当に夢じゃないよね?」
でも、ふと二人で振り返って笑い合うたびに、確かにあの日々は現実だったと感じます。
記憶が新しいうちに記録に残します。

世界一周の記録
出発日:2023年4月8日
帰国日:2024年4月20日
訪問国:48カ国 日数:379日間
総額:約750万円
飛行機で45回飛び、船で6回海を渡り
パスポートを1冊盗まれ、拘置所に2回勾留され
数え切れないほどのビールを飲みました
出発前に2人で意気込んでいた
YouTubeとブログのリアルタイム更新は断念
ルートは西回り
アジア→中東→アフリカ→ヨーロッパ→北中米→南米→日本へ

訪れた48カ国
フィリピン、シンガポール、インド、オマーン、エミレーツ、イスラエル、パレスチナ、キプロス、北キプロス、ヨルダン、エジプト、ケニア、タンザニア、ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ、ギリシャ、オーストリア、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、ポーランド、イタリア、バチカン、リヒテンシュタイン、スイス、フランス、モナコ、ノルウェー、アイスランド、イングランド、アイルランド、ポルトガル、スペイン、メキシコ、グアテマラ、ベリーズ、アメリカ、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ、ボリビア、ペルー、台湾
日本に到着した時の感情

あぁ、日本へ帰ってきた!!!
とは意外にもなりませんでした。笑
それもそのはず、帰国直前に訪れた台湾で日本と似た雰囲気を味わってしまったのが原因。

ペルー▶︎台湾▶︎フィリピン▶︎日本
というルートで世界一周を終えた私たち。
「もう帰国するんだ」という実感が湧いたのは、セブ島で宿泊した最後のホテルをチェックアウトする時でした。世界一周が終わるというよりかも、いつもの海外旅行を終えてもうすぐ帰るのかという感覚。
最後は安宿ではなく、背伸びしてリゾートホテル(一応ハネムーンなので)に宿泊してしまったことも原因。

両親が待つ成田空港

帰国早々、成田空港では双方の両親が出迎えてくれました。顔を見た途端、緊張の糸がプチンと切れる
そうだ、私たちは本当に帰ってきたんだ。
旅立ちのとき、見送ってくれたのも両親でした。それが今、帰国を迎える瞬間に立ち会ってくれている。この光景が、世界一周を終えた現実を強く実感させてくれました。
なんだか夢の国から現実世界へ帰ってきたような、ふわふわとした気持ち。
最初の日本食
帰国後最初の食事はうどんと生ビール。
その一口で、思わず泣きそうになったのを覚えています。つらつらと書いてしまいましたが、強く伝えたいのは3つ!!!
①スーパードライがNo.1
②日本のお米がNo.1
③日本のトイレがNo.1

世界一周で変わったこと

世界一周の旅を終えて帰国した私たち。その一年間の経験は、私たちに変化をもたらしました。
幸せのハードルが下がった
帰国後の日々では「幸せだな」と感じる場面が増えました。
水道を疑うことなく飲み
トイレットペーパーが流せて
席に着けばおしぼりが渡される
安全なことが当たり前じゃない
それに気がつくと、日本での普通の生活がどれほどの幸せなのか思うのです。
他者を受け入れる余裕ができた
48カ国を巡りたくさんの人とので出会い、異文化に触れました。
理解ができないことにイライラすることも少なくありません。これまでは違う「常識」にぶつかった時、「理解できない」と思ったり。
いろんな文化や考え方と出会い、たとえ違う「常識」と出会っても「この人にとっては正しいのかも」と公正な目線を持って考える余裕ができた気がします。
英語や言葉の壁に動じなくなった

そもそも英語が得意じゃない私たち。
言葉の通じない場面は数多くありました。
慣れない英語と身振り手振りで交流し、私たちの各国で得た経験や日本の文化や生活を話すということが今ではずいぶん慣れました。
文化や言語の違いを超えて出会った目の前の人と繋がる。言語の壁は思ったより高くない。
一歩踏み込んでみたら相手もこっち側に踏み込んでくれるという体験をたくさんしました。
予定通り進まなくても焦らない

序盤の方は、予定通り進まないことやトラブルに焦ることがありました。うまくいかないことに苛立つこともありました。
予定通り行くことの方が少ない
先に進むにつれてわかったのです。電車やバスが遅れるなんて当たり前、ホテルの予約が取れてないこと、よくある。
不思議となんも気にしなくなってきて、その経験もレアだなと思うようになってくるのです。そもそも予定を立てることがナンセンス。
直面するトラブルも「今ここでしかできないことだよね」そんなマインドに不思議となるんですね。
「まぁこういうこともあるよね」と心が平穏になっていく自分。全然進まない電車の中で穏やかな心を学びました。
帰国後の周囲の反応

世界一周の旅を終え、ありがたいことにたくさんの人との再会を果たしました。
私たちの家はここなんだ
最初に感じたのは
「やっぱり自分の家はここなんだ」という安堵感。
長い間いろいろな国に訪れてきたけれど、自分の家の匂いや、見慣れた風景。
そして何事もなかったかのように「おかえり」と迎え入れてくれる家族の存在。家族は何も変わらず待ってくれていました。心の底からほっとしました。帰ってきてよかった。

おばあちゃんの言葉
そんな中、特に心に響いたのは、あいなの大好きなおばあちゃんの言葉。
あなたたちは他の人ができないことをやり遂げた。
それはすごいこと、何より幸せなことだよ。
帰国して初めて会った時に言われた言葉でした。
その一言に、家族にかけた大きな心配がすべてが報われたような気がしました。

久しぶりの再会した友人の反応
世界一周どうだった?
不思議なことに、私たちの世界一周に反対していた友人ほど、「どうだった?」と興味津々に聞かれました。
「実は羨ましかった」と正直に打ち明けてくれる瞬間があって、それが何とも嬉しかったんです。
反対してくれたからこそ、自分たちの覚悟を試された気がするし、その後の会話はどこか特別なものに感じました。

もちろん、世界一周をしたからといって自分自身が劇的に変わったわけではありません。
ちょっとだけ海外に長くいただけで、基本的には帰国前と変わらない日常が戻ってきました。
でも、そうした「ちょっとだけ」が小さな積み重ねとなって、これからの人生を豊かにしていくんだと。
帰国後にたくさんの人と話しました。
「元気をもらった」
「私も何か本気でやってみる」
「自分も一緒に行った気分」
わかったことは、世界一周の経験の価値は私たちだけのものではなく、周囲の人々にも新しい視点や感動を少しだけ与えることができた。ちょっとだけ。
そう考えると、世界一周という大きな挑戦をして本当によかったと思います。
仕事を辞めるという決断
”仕事を辞める”
人によってはなんてことないかもしれませんが、私たちにとっては大きは決断でした。
新卒で入社した会社を辞める時、正直言って恐怖しかありませんでした。
「社会には戻れないかもしれない」
「自分たちは終わりかもしれない」
不安に何度も押しつぶされそうになりました。
それでも、「世界一周をしたい」という思いでその道を選びました。
あの時の自分よくやった

あの時の自分たちを、今は心から褒めたい!
その決断がなければ、私たちの経験はなかった。
もちろん他人に自慢したり強要することではありません。
自分たち自身のための挑戦であり、結果として私たちの敷いていたレールを大きく変える経験になりました。
もしあのとき「安定」を選び、レールの上を歩き続けていたら…
きっと今の自分たちとは全く違う生き方をしていたでしょう。
それが悪いことだとは一切思いません。
ただ、少なくともこんなにも楽しい経験を知らないまま「あの時やっていればなぁ…」と一生後悔していたでしょう。
人生は自分で決める

仕事を辞めて世界一周に行く決断を他の誰かに勧めるつもりは全くない
世界一周だけでなく、それに関わる決断は私たちにとって必要で、大きな意味を持つものだった。
というだけ、ただそれだけのこと。
私たちは世界一周のおかげで、これからの人生もまた「自分で選んで」歩んでいくのです。
振り返れば、怖さや不安に打ち勝って、自分の信じた道を選んだあの日の私たちの決断は間違いなく正しかった。
それだけは言える。
世界一周に行くという決断をしていなかったら

それはそれで楽しい人生を歩んでいたでしょう。
ただ一度行きたいと夢見てしまった以上、性格上もうダメ。
行きたかったなあってずーーっと考えながら過ごしていく人生だったでしょうね。
結局はやりたくなって、数年後飛び出しているに違いない(笑)
やりたいと思ったことにやる。
いつできなくなるかわからないから。
これからの人生に与えたこと

たいそうなことを言っているように聞こえますが、実際にこれからの人生に与えた影響は案外ちっぽけなもの
でも、その小さな変化の積み重ねが私たちの人生をちょっとだけ変えてくれました。
選択肢が広がった

世界には選択肢がこんなにもあるんだ!!
世界中でいろんな生き方をしている人に出会い、時には衝撃も受けました…
そして時間やお金以上に「健康は有限」だという事実。この気づきが「やりたいと思ったことは先にやる」という発想の原点です。
老いとともにだんだんとやりたいとも思わなくなっていく人生なんて、考えただけでぞっとします。
そう、今が一番若いから
また会いたいと思う気持ち
旅を通じて世界中に「もう一回会いたい人」がたくさんできました。
世界中でホームステイして、家庭に招き入れたくれるまでお世話になった人がたくさんいます。
バスで助けてくれたお姉さん、酒場でビールご馳走してくれたおじちゃん、似顔絵を描いてくれた少年。
連絡先は交換してないし、もう一生会えない人もいるかもしれません。それでも、、、
「また会いたいな」と顔を思い浮かべる時間がたまらなく好き
いつ会えるかな。何してるかな。次会った時はどんな話をしようかな・・・
世界一周の経験で得た小さな気づきや変化
これからも大切にしていきたいです
世界一周で変わった夫婦の関係

世界一周後の2人の関係性
マブダチになった
想像してみてください。毎日24時間、風呂とトイレ以外はずっと一緒。そんな経験、結婚してからもありませんでした。
でも、この1年間はまさにずっと一緒の日々でした。
例えるなら”マブダチ”です。
飛行機の中、バスや電車の長距離移動、寝る前の静かな時。
2人で語り合うには十分すぎる時間がありました。
時にはスマホを黙々と触るだけの日もあったけど、その日の出来事を語りながら乾杯してビールを飲む時間も最高だね!
全部が2人の関係値がただの夫婦ではなく、親友を超えるマブの関係になっていきました。
なんとかする力がついた

夜行列車で運行停止して、夜中にアフリカの大地に放りだされることもありました。
ポルトガルでパスポートを盗まれ、メキシコでは留置所に入ったこともありました
そんな時二人で冷静に対処法を考え、解決してきました。片方が慌ててたら、もう片方が冷静になればいい。
2人それぞれ得意なことで勝負しよう!
そんな考えで何事も切り抜けてきました。もちろん結果ありきですが、大概のことはなんとかなるのです。
なんとかするのです。

夫婦ケンカはしましたか?
これ、よく聞かれる質問
答えは、大きなケンカはなかったけど、小競り合いみたいなケンカが日常茶飯事。
たいていはあいなが怒って、たつが謝るというお決まりのパターン(笑)。
「共に生きる」という強い絆

世界一周を通じて学んだのは、ただ「好き」という関係を超えて、共に生きることの大切さ。
なんていうか、毎日必死に生きている中でケンカしている暇なんてないんです。
どんなに揉めても、最終的には行動を一つに決めなくちゃいけない。
特に、安全が最優先される場面では仲違いしている余裕なんてありません。
それでも不思議なことに、毎日一緒に考えや気持ちを共有していると、嗜好が似てくるん。やりたいことも、行きたい場所も、自然と一致してくる。
相手が何を考えているか、なんとなくわかるようになってきて…これが夫婦の面白いところだなと感じます。
喧嘩もするけど、それを越えて、お互いをもっと理解できるようになったのかな?
帰国後のこれからの将来設計

将来のことは全くの白紙
多分これからも「なんか面白そう!」と思うことを見つけて、ずっとやり続けるんだろうなと思います。
だって、世界一周に行くって決断もそんな感じでしたから。
世界一周は私たちにとって大きな挑戦でした。
この経験が周りの人にも「元気をもらった」「私も何か挑戦したい」と感じさせたことが何より嬉しいです。
私たちはこれからも「やりたいことをやる」をモットーに生きていきます。
たとえ小さな一歩でも、それが人生を変える大きな一歩になると信じて。
やりたいことはやる。
先延ばしにしていると、そのうちやりたいとも思わなくなってしまうから。
今が一番若い。気がついたら人生はあっという間に過ぎていく。
だから、自分の人生は自分で決めて生きる。
それが世界一周というただの行動から得た一番大きな教訓かもしれません。
最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。長かったですよね。
帰国してあっという間に日本に慣れてしまった私たちは、東京の波に飲まれるように忙しい日々を過ごしています。
悔しいけれどこれが事実です。
「あそこ行ったね」
「あの国で飲んだビール美味しかったね」
「また会いたいな」
そんなたわいもない話を夫婦でしています。この時間こそが宝物です。
これからも世界一周の思い出をネタに、美味しいビールが飲み続けられますように…
たつあいな

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